小千谷織物の歴史

小千谷縮

【江戸時代初期に誕生したシボが特長の麻縮】

 新潟県小千谷を中心に織られている麻縮。すでに織られていた越後麻布の緯糸に強撚糸を用いて織るという技法を加え、シボ(細かい波状の皺)のある風合いを出そうと織り出したのが始まりだといわれている。

 明和8年(1771)には、江戸城本丸御召御用縮を用命され、諸大名は端午の節句に「菖蒲帷子」といって、小千谷縮の麻裃を着用して登城するよう定められた。江戸中期には、風通しのよい夏の衣料として武家から庶民にまで親しまれ、年産22万反を越えるまでの生産量を誇った。

 手績みの糸を手括りして染めた絣糸を、居坐機で織ったあと湯もみ、足踏みでシボを取り、雪晒しを行うという伝統的な技法は、技術者たちによって今もなお伝えられている。

越後上布

【千年以上の歴史をもつ平織りの麻織物】

 古くから小千谷、六日町、塩沢を中心に織られている織物。文献に初めてみられるのは、10世紀初期の『延喜式』で越後から麻布を上納したことが記されている。

 また、上杉房定、上杉謙信などはたびたび献上品として、越後の麻布を将軍家などへ贈っている。当時の麻布は「布」といって、今日のように繊細で美しい模様のあるものでなく白無地の素朴なものが多かったが、その堅牢さが高く評価されていた。

 江戸時代あたりから品質が向上し、現在では、夏の先染着尺地として、一級品といわれている。また、模様は絣と縞柄が中心で、重要無形文化財の技術保存の指定を受けている。

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